最近読んだ本から

南極の本を読む その2 バード少将の本

 南極については、アムンセン、スコット、シャクルトン、チェリー・ギャラード、といった人たちの本を今まで読みました。アムンセンやスコットについては、名前をご存知の方は多いと思います。シャクルトンやギャラードについて知っている人は、本を読んだ人でしょう。

 リチャード・E・バードについては、前回『南極物語』を読むまで私は知りませんでした。

このことを南極の本を貸してくださった横山厚夫さんにお話ししたら、バード少将の本を2冊貸してくださいました。それが、『孤独』と『バード南極探検誌』です。


 『南極探検誌』は南極の鯨湾近くにリトル・アメリカという基地を建設するまでのこと。『孤独』はバードがリトル・アメリカからさらに南極点に近づいたところに観測基地を作り、そこに一人で越冬して気象観測をした時のことが書かれています。

 『南極探検誌』は、後編を出版するつもりで前半部分だけ先に出版された本です。バードが飛行機で南極点に到達したことは後半に載せる予定になっていたようですが、後半の本が出版されたのかどうかはわかりません。

 探検誌の方は、南極探検のための資金や資材集めから基地建設、飛行機による観測などバードの南極探検がよくわかる本です。訳者あとがきを見ると後半の章立てまでされています。ですから、後半の本が出版されていて、それを読むことができるのなら、前半のこの本と、後半の本でバード少将の南極探検をとても良く理解できます。ネットで検索しましたが、後半の本は見つかりません。

 

 『孤独』はリトル・アメリカの基地から極点へ向かって200㎞ほど入ったところに作られた観測所です。そこに1934年の3月から8月までの5ヶ月間1人で生活して観測をした時のことが書かれています。

 内容については、北大山岳部のホームページにわかりやすく書かれているので、そこをご覧ください。

https://aach.ees.hokudai.ac.jp/xc/modules/Center/Review/trance/kodoku.html

 

 私は、この内容もさることながら、翻訳されたこの本が昭和14年に日本で出版されたことに驚いています。昭和14年と言えば、日中戦争の最中です。この後2年後には、対米戦争も始まります。

 当時の世の中の様子は私は想像するしかありません。この本には訳者あとがきはなく、扉の部分に「興亜聖戦の第一線に立つ幾百萬の同胞に本書を捧ぐ」とありますが、それは私には出版をするためのカモフラージュに見えてしまいます。

 この本を読めば、アメリカ人の勇気や偉業だけでなく、その人間性に共感できます。

 

 おそらく、その後どんどん軍国主義の世の中に国民全体が飲み込まれて行ったのだと思います。

様々な人の生き方から学び、自己の豊かな人間性を向上させていこうということがしにくくなり、画一的な風潮に押しながられて行ったことを想像します。

 しかし、それは過去のことではなく、現代でも起こりうること、あるいはすでにある?ことなどを危惧することが必要だと思います。

 幅広い読書は、陥りやすい罠にはまらないための手立ての一つと言えます。

 

南極探検の本を読む

 昨年夏にも南極探検に関する本は読んだのです。スコットやアムンセンについての本を読んだあと、シャクルトンについて何冊も読みました。それはこのコーナーでも紹介してあり、バックナンバーで見ることもできます。

 今回は、チェリー・ガラードの『世界最悪の旅』の全訳本を読むことができたので、その紹介が中心です。

 中公文庫から出されている『世界最悪の旅』加納一郎訳は抄訳です。中田修氏による全訳本が出されたのは、2017年です。杉並区の図書館にも抄訳しかおいていなかったのです。山登りの大先輩である、横山厚夫氏が持っていらっしゃることを知り、お借りして読むことができました。

 その際に、関連する本を何冊も貸していただき、読んでいる最中です。

 抄訳と全訳ではこれほど本の厚さも違うのです。値段もかなり違いますが。

しかし、今回、全訳本を読んでみて、この本は自分でも購入しようと思いました。

 

 全国の図書館に蔵書されていて当然の本だと私は思います。

 

 全訳本

  アブスリー・チェリー ギャラード『世界最悪の旅』中田 修 訳 

                           オセアニア出版社  7000円

 

 全訳本には、スコットと一緒に亡くなった医師のウィルソン氏が描いた絵がたくさん掲載されています。丁寧な観察で描かれた南極の景色も素晴らしいのですが、そうした絵だけでなく、クレバスに落ちた時の様子や、「最後の犬」と題された絵も印象に残ります。テントに戻る人物の後ろ姿しか描かれていないのですが、主人と歩く犬の足跡が片道だけしかついていないのです。

 

 南極点に向かうための補給所設営のための旅で、ガラードとパワーズとクリーンの3人とポニーが氷に乗ったまま流されるという事件があるのですが、それは抄訳本には掲載されていません。パワーズの書いた文章がそのまま全訳本にはありますが、氷の隙間からシャチが狙う様子など恐ろしい感じが伝わってきます。

 

 このように抄訳本では味わえないものが全訳本にはあるのです。

購入しない方は、ぜひ地元の図書館への蔵書のリクエストをしてください。

 この中で、全訳本に続いてオススメなのが、全訳本の訳者である中田修氏による『南極のスコット』です。清水書院のCentury Books という新書版のシリーズの1冊です。この本は、南極探検の概要について把握するのに良い本です。

 『白い道』ローレンス・カーワン著 加納一郎訳 社会思想社 は南極だけでなく北極も含めて極地探険の歴史を知ることができる本です。

 ド・ラ・クロワの本は少々古いですが、『南極物語』に出てくる、バード少将については、私はこの本を読むまで知らなかったのです。

 リチャード・バード少将は飛行機で初めて南極点に達した人です。そのあとも単独で南極での観測を行ったり、アメリカ海軍を指揮して大規模な南極調査を実施した人だったのです。なぜ今までこの人のことについて知らなかったのだろうと読んで思いました。

 この2枚の写真は、フライトミュレーターの写真です。私がシミュレーターでヘリコプターを操縦し、南極のロス島の上を飛んでいるところです。向こうに見える山はエレバス山という火山です。近年では2005年に小規模な噴火があり溶岩も観測されているそうです。

 世界最悪の旅は、南極の冬、太陽が登らない暗黒の中をシムの写真だとエレバス山よりも右奥になるテラー山の麓のクロージア岬まで皇帝ペンギンの調査に行く冬の旅のことを指しています。

 現代の基地が写っているのは、ハットポイントと呼ばれる場所で、スコットの基地はここよりさらに20㎞ほど左奥にあります。

 冬の旅では、スコットの小屋からハットボイントまで来て、そこから鋭角に折れ曲がるように凍った海沿いの道を進んでいます。

 なぜ、ハットポイントを通らずに最短距離を直進しないかなどは、フライトシムで飛んでみればすぐわかります。半島の尾根になっていて、急斜面があったり起伏にとんだ地形をしていて、とてもソリを引いて進める場所ではないのです。

 本を読んでいて、3日かかったとか5日かかったとかの記述がありますが、それがどの程度の距離なのかは、フライトシミュレーターで飛んで見るとよりわかるのです。もちろん、実際に行けば、寒さや標高の高さ(南極点の標高は2800mだそうです)などがわかるのでしょうが、本で読む想像力+私の場合はフライトシミュレーターで南極大陸を体験しているところです。

ヒトラーの建築家

ヒトラーの建築家 東 秀紀 2000年9月NHK出版

 

 アルベルト・シュペーアについて書かれた本です。彼は建築家ですが、ヒトラー政権において軍需相も務めた人です。

 ニュールンベルグ裁判で有罪を言い渡され、20年ののちに釈放され、76歳で亡くなっています。

 史実に基づいて書かれた本ですが、会話など小説的に描かれています。その分、内容に入って行きやすい感じがします。

 

 ヒトラーに関する本は、読んでみたいとも思っていませんでした。しかし、山の大先輩から貸していただいた20年前に出版されたこの本は、私の知らなかったことが多く新鮮な内容で、興味深く読むことができました。

 ヒトラー政権の狂気の時代にいた人物たちの中で、シュペーアが人間的な理性や道義心を持った人であり、彼が主人公なので、ヒトラーやその他の登場人物が描かれていても穏やかに読むことができたことも読みやすさの一つだと思います。

 彼は、かなりヒトラーに近い立場にいました。友人関係に近いと言えるくらいです。戦争末期にヒトラーが焦土作戦を命じたときに、ドイツの将来を考えてそれに反対します。秘密裏に妨害工作もします。焦土作戦を妨げる動きをしたあと、シュペーアがベルリンの地下壕にヒトラーに会いに行きます。この本では、ヒトラーがそうした動きを「知っていたよ」とシュペーアに告げ、それでも許したとされています。

 ニュールンベルグ裁判では、他の戦犯被告人が無罪を主張したのに対し、シュペーアがただ一人自分の罪を認めたそうです。

 シュペーアが死刑ではなく、20年の刑になったのは、ホロコーストに関して関与していなかったからとされています。しかし、戦後色々な調査の中で、「知らなかった」というのは偽りである証拠も出てきているようです。

 

 彼がヒトラー政権の狂気の時代ではなく、違う時代に生まれていたなら、もっと素晴らしい形で活躍したことだっただろうと推測されます。

 

 興味を持たれた方はネットの中古、古書店あるいは図書館でこの本を探してみてください。

 

フォッケウルフ戦闘機

フォッケウルフ戦闘機  鈴木五郎著 

            光人社NF文庫

 

 古書店の100円コーナーで見つけた本です。これが意外と興味深い本でした。

 そもそも、私はドイツの戦闘機についてメッサーシュミットぐらいしか知らなかったのです。

 読んでいくと、フォッケウルフという飛行機はメッサーシュミットよりも高性能であったことがわかりました。

 ナチス御用達のメッサーシュミット社が優遇されていて、フォッケウルフが優秀な飛行機であったにもかかわらず、なかなか量産されなかった事情など読んでみて初めて知ることでした。

 メッサーシュミットは高速ですが、旋回性能がそれほど高く無いので、一撃離脱方式の戦法に向いていたようです。

 また、航続距離もそれほど長くなかったようです。

 フライトシミュレーターにはメッサーシュミットがあるので、零戦と飛び比べをしてみました。

旋回性能は格段の差があり、零戦に軍配が上がります。

 フォッケウルフですが、タンク技師は優遇されない事情の中で、色々なアイデアを持って設計したようです。最初の機体は空冷のエンジンを積んでいます。日本の場合は零戦など空冷のエンジンが主流ですが、ドイツでは水冷のエンジンが主流だったのです。タンク技師は前線においても修理しやすいエンジンや機体の設計をしたようです。

 空冷のフォッケウルフは日本にも輸出されました。その記事も載っています。日本の紫電改のような感じです。

 この本に刺激を受けて、プラモデルを買ってしまいましたs。Fw190D9という水冷の機体です。

長鼻ドーラという愛称があったようです。

昔は、模型屋が歩いていける範囲に3軒もあったのですが、今は1軒もありません。今の子どもたちはプラモデルを作らないのでしょうか。

 ヨドバシカメラがプラモデルを置いていることを知り、そこで買いました。

 

 本の方は、フォッケウルフのことだけでなく、メッサーシュミットやスピットファイアーのことも書かれています。

 また、優秀なパイロット達の話もたくさん出てきます。それがまた興味深いです。

イギリスのダグラス・R・S・バーダー少佐は両足を切断する負傷を負っても義足でハリケーンを操縦しドイツ機を撃墜したそうです。

 しかし、敵機と接触し、パラシュート降下で助かったのですが、ドイツ占領地の病院に入れられます。そのことを知ったドイツのエース アドルフ・ガーランドが見舞いに来た話は秀逸です。

 ガーランドは決して尋問せず、飛行場を案内までしたそうです。

その好意に甘えてバーダー少佐はメッサーシュミットのコクピットにも乗せてもらったようですが、その時「飛行場を1周するだけ飛ばさせてもらえないか」とガーランドに言ったそうです。ガーランドも「気持ちはわかるが、あなたが飛べば私もすぐ後ろを飛ばなければならなくなる。もう撃ち合いはしたくないから、許してもらえませんか」と言ったそうです。

 義足のバーダー少佐の話は映画にもなったそうですが、どうも映画の評判は良くないようです。

 ガーランドは、戦後アルゼンチンの空軍顧問をしたようですが、『始まりと終わり』という本が翻訳で出されています。それも読んでみたいのですが、少々高価で、しかも図書館には無いようです。

 

 今回紹介した本は、古書で100円で手に入れましたが、定価も790円ですから、戦闘機に興味がある方は読む価値があると私は思います。

 プラモデルは完成しました。

 搭乗員は付属していませんから、別に1/72の搭乗員セットを購入しました。ただそれらは機外に立つ人物ばかりなので、手足を外し、付け直してコクピットに収めました。

風景写真との合成にしてみました。

竜馬がゆく

司馬遼太郎 著  文春文庫 8巻

 

 坂本竜馬を主人公とした歴史小説です。この小説を原作として大河ドラマにもなっているので、司馬遼太郎の描いた坂本竜馬がそのまま今の坂本竜馬像になっていると思われます。

 この本の前に司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読みましたが、全10巻のうち8巻までしか読めていません。

 『翔ぶが如く』は西郷隆盛と大久保利通が主人公となっている歴史小説です。私は西郷さんの西南戦争の頃のことをあまり知らないので、興味があって読み始めました。しかし、司馬遼太郎さんのこの小説は、登場人物が非常に多岐に渡っており、肝心の西郷さんがなかなか登場しないのです。最後まで読めば良いのでしょうが、少々飽きてきたところで、『竜馬がゆく』を読み出してしまいました。

 『竜馬がゆく』は読みやすいです。

 世の中で知られている幾つかのエピソードがエポック的に出てくるので、興味を持って読んでいけるのです。

 勝海舟の弟子になる話。いろは丸事件。薩長同盟。海援隊。船中八策。大政奉還などどれをとっても興味深い内容です。

 

 『竜馬がゆく』は歴史小説であってノンフィクションではないのでしょう。今日、事実かどうか疑われることもあります。司馬遼太郎の歴史観なのでしょう。しかし不確かなことも確信を持って描かねばリアル感のある小説にはならないと思います。

 司馬遼太郎は小説を描くために膨大な量の資料を集めるそうです。

 この『竜馬がゆく』を書くためには、ワゴン車一杯の古書約1400万円分を購入したとwikiの記事にありました。

 ごっそり神保町の古書店から関連本が無くなるので、同じ時期に同じテーマで戯曲の資料探しをしていた井上ひさしさんが困ったという逸話もあるそうです。

 

 私も実は、この『竜馬がゆく』の紹介を書くために、ワゴン車ではなくバイクで図書館へ行き、小さなリュック一杯の本を借りてきました。 

 『薩長同盟と大政奉還はぜんぶ竜馬一人がやったことさ』と勝海舟が語ったとされるのですが、それが勝海舟の本のどこに書かれているのだろうかと思ったのです。

 

 また小説には、坂本龍馬が勝海舟を斬りに行って逆に弟子になってしまう場面があります。そのことは、勝海舟の『氷川清話』に載っているとの記事がネットにありました。

 『氷川清話』は以前に読んで書棚にありましたから、もう一度読み直しました。しかし、私の持っている本にはそうした記事はありませんでした。

 『氷川清話』は文庫本になっている新編集本の前に元の本があるようです。

 勝海舟には日記もあるのですが、勝海舟の語ったことにも事の前後の勘違いがあったり、誇張があったりするようです。

 

 薩長同盟も竜馬ではなくイギリス人が仕組んだのだという本にも出会いました。司馬遼太郎の竜馬像が広まると、それに反論したくなる人も出てくるのでしょう。

 私は、薩長同盟はイギリスの思惑はあったとしても竜馬のような人間がいなければ、こじれた薩摩と長州の同盟が成立するとは思えません。坂本竜馬だからこそ西郷さんの心を動かして長州との同盟を成立させたのだと思います。

 

 『竜馬がゆく』を読まれる皆さんには、8巻の最後にあるあとがきを読むことをお勧めします。

 この小説は元々1962年から1966年までの4年間産経新聞に連載されたものです。その後単行本化されましたが、それが全5巻だったのです。そのため、文庫本最終巻の最後のあとがきは1〜5まであります。竜馬暗殺の場面の真相に絡んだ内容があとがき5に出てきます。

 

『坂本龍馬』黒鉄ヒロシ PHP文庫

 

『竜馬がゆく』全8巻を読むのが大変という方には、こちらの本をお勧めします。

 

 おそらく黒鉄ヒロシさんは司馬遼太郎さんの本を底本にしているのでしょう。

 

 黒鉄ヒロシさんの漫画は独特のギャクがあり、好みは分かれるところです。

 しかし、この本は、そうしたギャグが飛び出すものの比較的すんなりと読めます。

 黒鉄さんはこれを漫画でも劇画でもなく、歴画と名付けているようです。

 文化庁メディア芸術祭大賞受賞作でもあります。

 

ナイロンザイル事件に関する2冊の本


『前穂高岳東壁遭難63年目の検証』については、以前このコーナーにて紹介をしました。それを一旦削除して掲載を中止していました。

 それは、もう一冊の本の著者である相田武男さんが私の個展に来てくださり、その時に、ナイロンザイル事件について話して行かれたことから、私があまりにもこの事件について無知であったか知り、もう少し調べてから本の紹介をすることにしたためです。

 私は、相田さんが帰られてから、すぐに石岡繁雄さんと相田武男さんによって書かれた『石岡繁雄が語る氷壁・ナイロンザイル事件の真実』という本を注文して購入しました。

 湯浅氏の本にもナイロンザイルが岩角に弱いことが正式に認められて安全基準が設けられるまで20年もかかったことは書かれていましたが、湯浅氏の本の中心は、登攀そのものの検証や報告がきちんとされていなかったということの追求です。

  また「吊り上げ」という操作があり、それが滑落のきっかけとなったバランスを崩す原因になっているとの主張がなされています。

(これらについては、「石岡繁雄の志を伝える会」から私のところに送られてきたぶ厚い資料に吊り上げ操作は無かったということも含め湯浅氏の本に対する細かい反証・反論がされています)

 遭難が起こった時に、その経過や原因について検証を行い、総括した内容を報告するという手順はされるべきだと思います。そしてその正論を全面に出している湯浅氏の本は、この本だけを読んだ人はなるほどと思うことでしょう。

 しかし、私のようにナイロンザイル事件とはどのようなことが問題だったのか、よくわかっていない人間にとっては、湯浅氏の本だけを読むことはとても危険だと後から思いました。

 湯浅氏の本を読んだ人は必ず石岡氏の書かれた本も読んでほしいと私は思いました。

 

 ナイロンザイルが岩角に弱いということは、私も大学生の時には広く知られていましたから、ナイロンザイル事件というのは、その岩角に弱いザイルを使ってザイルが切れて遭難した事件だと思っていたのです。

 しかし、事件の本質はそのことではありませんでした。遭難が起きて早いうちから石岡繁雄さんはナイロンザイルには欠陥があるのではないかと主張していました。しかし、当時は石岡さんたちは自分たちの未熟さを棚に上げて遭難をナイロンザイルのせいにしていると世の中から批判を浴びたのです。さらに、メーカー側が岩角にこっそりと丸みをつけて公開実験を行うということが行われたのです。

 公開実験は不正がバレるのですが、それでも、言い逃れが通ってしまい、ザイルの安全基準が設けられるまで、20年もかかっているのです。その間に、ザイルの切断で遭難する事故が何件も起こっているのです。

 石岡さんの本を読むと、闘い続けてこられたことがよくわかります。それだけでなく、ご自分で実験装置の櫓を作ったり、ザイルにつける安全装置の開発や、安全なザイルの使い方の指導などもされているのです。

 

 ナイロンザイル事件の本質は、ナイロンザイルの弱点を認めなかっただけでなく不正な公開実験まで行ったメーカー側の責任、そしてそれを追求できなかった新聞などのマスコミの問題。いわゆる大企業や強い権力に弱い世の中の体質だったと思います。

 今の世の中にも当てはまる気がしてなりません。

 

 ナイロンザイル事件とは何だったかよくわからない世代が増えてきている中で出された湯浅氏の本は、ナイロンザイル事件の本質を書き換えてしまう役割を演じてしまいそうです。

 

 ですから、湯浅氏の『前穂高岳東壁遭難63年目の検証』を読まれた方は、まだ読んでいなければまずは石岡氏の本を読むことをお勧めします。

『山の本 秋号』


 『山の本』は白山書房の季刊誌です。秋号が9月中旬に発売されました。なかなか書店にはおいていないので、ネットで購入するのが早いです。

 この中には私が書いた「丸川荘に泊まる 中村好至恵さんの壁画を訪ねて」という紀行文が掲載されています。

 そちらも読んでいただければ幸いですが、オススメは長沢 洋さんが書かれた「山書探訪」のページです。今回は「すぐそこ」という小松左京さんの小説を紹介しています。

 小松左京さんの小説は短編なので、元々短いのですが、さらにそれを山の本の2ページに縮めて紹介してあります。小松左京さんの原文も読みましたが、長沢さんの文章は、原文の良さを失うことなく短く縮めて紹介してあります。

 ここでは「すぐそこ」の内容を紹介しません。ぜひ「山の本」を買って読んでいただくか、小松左京さんの本を読んでみてください。最初はありがちなことだと思いながら読み進み、ぞくっとする読後感があります。

 

 話は違いますが、明治から大正にかけての黎明期の登山家、木暮理太郎氏や田部重治氏が笹尾根を歩いて、さらに雲取山を目指した時の紀行文を読んだことがありますが、その足の達者なことに驚いたことがあります。その頃は青梅までしか鉄道がありませんでしたが、山を降りて半日も歩けば青梅に行けると事も無げに書いているのです。歩くことをなんとも思っていないのです。

 そうした人にとって、実際一山越えるぐらい「すぐそこ」の範囲になってしまうかもしれません。

 

 私達でも昔の記憶だけで山を歩くととんでもないことになることがあります。「あれっ こんなに遠かったっけ?」「こんな急坂があっただろうか」と昔苦労したことはすっかり忘れてしまっていることがあるのです。

 こうしたことを題材のヒントにつかんで小説を書いた小松左京さんはさすがだと思いました。

 小松左京さんの原文でも「山の本」でもどちらでも良いですから読んで見てください。

できれば「山の本」を買って、ついでに私の紀行文も読んでいただけると嬉しいです。

『極夜行前』

        著者 角幡唯介   2019年2月15日  文藝春秋社

 探検家の角幡唯介さんが太陽が全く姿を見せない冬の北極圏を橇を引っ張りながら旅をしたドキュメントがこの本の前に出された『極夜行』です。

 この本は、その前の準備期間の話です。大きく3つの章に分かれています。

 1つは六分儀を使った天体測量のことです。

角幡さんはGPSを使わずにコンパスや六分儀で自分の現在位置を確認して旅を続けようとしました。全く六分儀についての理解がないところから始めています。その経過が興味深い内容になっています。ただし、本番でどうなったかはすでに『極夜行』を読まれている方はご存知のことと思います。

 2つ目は、犬のことです。角幡さんは犬ぞりではなく、1匹の犬を連れて行きました。白熊対策です。ウヤミリックと名付けました。

 まだ若い犬です。角幡さんと犬との関係や犬が成長して行く様子が面白いです。

 3つ目はカヤックでのデポの旅です。徒歩でもデポをしていますが、カヤックでも運んだのです。

カヤックで旅をしている山口将大さんという青年がパートナーとして参加します。カヤックでのデポの旅については、『極夜行』にも載っており海象(セイウチ)の恐ろしさも書かれています。しかし、こちらの本の方がよりリアルに表現されています。

 『極夜行』は2018年の2月に出版された本なので、すでに読まれているかと思います。

 『極夜行』についてはこのコーナーでもすでに紹介してあります。

 もし、まだでしたら、こちらの『前極夜行』を先に読まれることをお勧めします。

 

 『極夜行前』と『極夜行』を合わせた2冊は、角幡さんの本の中で、『空白の5マイル』とベストを競う本だと私は思います。

 


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