山の本を楽しむ

 山の本に限らず、本はいろいろ読みます。山の本以外については別に紹介するとして、ここでは、山に関係する本について紹介します。

黒部の山賊 アルプスの怪 伊藤正一著 山と溪谷社

 

 終戦直後まだ世情も安定していない時代、山も似たような状況があり、北アルプスの裏銀座ルートを縦走しようとしていた学生が殺される事件も起きた。その頃、モーゼル拳銃を持った強盗が黒部峡谷一帯を荒らし回り、行方不明になった人たちは、すべてその山賊に殺されたものだという噂があったそうだ。

 そんな最中、伊藤正一氏は、三俣蓮華山荘を購入した。

 

 そして、実際に三俣蓮華山荘に登ってみると、拳銃を持った男達がおり、伊藤氏は自分の山小屋であるにもかかわらず、宿泊料を払うことになる。

 しかし、次第に「黒部の山賊」の実態が明らかになり、伊藤氏と超人的に山で暮らす男達との関わりがこの本では語られていく

この本を読むと無性に黒部に行きたくなる。

 「黒部の山賊」は昭和39年に実業之日本社から出版されたが、この本は、山と渓谷社から新たに定本として平成26年に出されたものである。

 

 伊藤正一氏は、平成26年6月にご逝去されました。ご冥福をお祈りします。

 

田部重治 著 『笛吹川を遡る』

 

 私が、奥秩父に憧れを抱き、ついには笛吹川東沢を登ることにつながった随筆です。田部氏の著書は『日本アルプスと秩父巡礼』として大正時代に出版され、改訂・増補されて昭和4年に『山と渓谷』として改めて出されています。『笛吹川を遡る』は最初から掲載されています。私は、高校の時に買い求めた本が書棚に見つからなかったので、岩波文庫で出されているものを新たに買い求めました。「奥秩父の美はむしろ渓谷にある。そしてこれほど壮絶な、これほど潤いを有する渓谷を、どこに見出すことができるだろうか」という文や東沢の奇勝「ほらの貝」付近の描写を読んだ時、私の心の中に、奥秩父の東沢への憧れは、ついには花開く蕾として育っていきました。初めて、東沢を甲武信岳まで登ったのは、大学1年の時です。その時は、ほらの貝は通らず、西沢から尾根を越えて東沢に入りました。沢でテントを張って1泊し次の日のもう日が暮れてから甲武信小屋に着きました。山の経験のほとんど無いメンバーも一緒でしたので今から思うと無謀な登山だったと思います。

 二回目には、ほらの貝も通りました。田部重治さんの時とは違って、ほらの貝までも道がありましたし、ほらの貝の岩場に移るところも丸太橋があったり階段が切ってあったりしました。『笛吹川を遡る』では、甲武信岳へ突き上げる釜の沢へは行かず、信州沢を登っていきます。その手前の両岸に迫る絶壁や青い水と白い河床の美しさは本の通りだったと思いました。しかし、実際に登ってみて東沢の魅力の真髄は釜の沢の魚止めの滝を登ったところにあるナメの廊下だと思いました。

 

 私は、その後、何度も東沢を登りました。ある時は、魚止めの滝の登りでメガネを落としてしまい、冷たい水の中を探ったのですが、見つからず、そのあとメガネなしで登った時もありました。まだ魚止めの滝の滝壺には私のメガネがあるはずです。また小学生の長男や二男を安全ベルトやザイルで安全を確保しながら両門の滝まで行ったこともあります。それ程、この沢の魅力に取り憑かれるきっかけとなった随筆なのです。

山口 耀久 著 『北八ッ彷徨』

 

 北八ヶ岳に足を運ぶきっかけとなった本です。2011年秋に日野春アルプ美術館で開かれた中村好至恵さんの個展を見に行き、個展を見に来ていらした山口 耀久さんにお会いしました。しかしその時、私は山口 耀久さんを知らず、突然の山口さんの訪問に慌てた様子の中村さんに頼まれて、お二人のツーショット写真のシャッターを押しただけでした。そののち、山口 耀久さんの「北八ッ彷徨」を読み、描かれている北八ヶ岳の描写に魅了され、改めて山口さんの偉大さを感じた次第です。この本が書かれた時とは、北八ヶ岳の様子も違ってきているのだとは思います。整備され、道も整っています。全く同じようにとはいきませんが、八ヶ岳の山の中に浸りこむような山歩きをこの本を読んでしてみたいと思いました。

吉野満彦 著『山靴の音』 新田次郎 著『栄光の岸壁』 吉尾 弘 著『垂直に挑む』


 芳野満彦氏は、日本人として初のマッターホルン北壁初登攀をした人です。その芳野氏をモデルとして描いた新田次郎の小説が『栄光の岩壁』です。『山靴の音』は、自ら描いた挿絵も素敵です。最初に書かれている高校生の時の「八ヶ岳遭難」はつらい記憶でしょうが、それを見つめ直すように書かれており、読み手に伝わってくるものがあります。新田次郎氏も『栄光の岩壁』でその部分を描いていますが、小説ですから、事実と違う部分もあります。新田次郎氏は、ドラマとして人の心の動きを、時にはどろどろとした人間臭さまで鋭く描いています。新田次郎氏の本は、『強力伝』に始まってほとんど全て読みました。山の本に関して言うと、加藤文太郎をモデルとした『孤高の人』も素晴らしいです。新田次郎氏の本は、引き込まれる強さがありますが、時としてアクの強さを感じる時もあります。

 吉尾 弘氏は多くの初登攀、初登頂記録を持つ方です。芳野満彦氏ともパーティーを組んでいます。しかし、吉尾氏が「垂直に挑む」で芳野満彦氏との関係を「水と油のように一致しない」と書いているように、登山のスタイルが違うようです。しかし、水と油でもパーティーを組んで冬の穂高屏風岩の中央カンテを初登攀しているのです。三つの本を読み比べてみるのも面白いです。

横山 厚夫 著『登山読本』『東京から見える山見えた山』『山書の森へ』


「登山読本」私が高校生の時に購入し、繰り返し読み、愛読書にしていた本です。今も書棚にあります。書店ではもう見かけませんが、古書としてAmazonなどで手に入るようです。私が奥多摩の山々や雲取山に登るきっかけとなった本です。続けて横山氏が出された「東京から見える山 見えた山」も購入しました。

「山書の森へ」は新刊書として手に入ります。このページの山の本の案内を読むよりも、この本を購入されることをお勧めします。私はこの本を読んで、まだ知らなかった山の本を発見しました。

ガストン・レビュファ 著 『星と嵐』

 

 ヨーロッパアルプスを舞台とした本は、エドワード・ウィンパーの『アルプス登攀記』が有名です。しかし、私は、ガストン・レビュファの『星と嵐』の方が好きです。大学生の頃購入し、山にも持ち歩いていたので、本はよれよれになってしまいまいした。アルプスのガイドである著者がヨーロッパの名だたる山の北壁を踏破した時の記録ですが、単に記録ではなく、彼の人間性や山の楽しさが伝わってきます。また、極寒の岩壁でのビバークも悲壮感がなく山の魅力にもつながっていくことがなんとも言えません。

 

 この記事を書くにあたって、ネットでレビュファについて調べていたら、この本と同じ題名の映画をレビュファが作っていたことがわかりました。今から60年以上前のものなのですが、DVDに編集されて日本語版として販売されていることがわかり、早速購入しました。画像は古いですが、おすすめの映画です。レビュファがどうして優れたクライマーになったか前半でわかります。また、ガイドとして俳優のモーリス・パケにクライミングの手ほどきをする様子はコミカルなパケの演技もあって楽しめます。そして次々と一緒に名だたるヨーロッパの北壁を登り、最後はモンブランの北壁を登る姿が収められています。本で読んだレビュファのイメージと実際の姿が一致する素敵なレビュファです。

中村 好至恵 著『心に映る山』

 

 日野春アルプ美術館の鈴木さんから中村好至恵さんの個展案内のはがきが来た時、武蔵美の同級生に同じ名前の人がいたことに気づきました。卒業後連絡を取ることもなかったので、中村さんが山登りをしていることを知らなかったのです。個展に出かけ、お会いしましたが、大学時代とあまり変わらない面影に昔を思い出しました。それから、アルプ美術館での個展や横浜での個展に伺うようにしています。中村さんは水彩画を山で描いています。武蔵美では画学生は人体ばかりを描きます。中村さんの山を描く鉛筆の線は人体デッサンと同じような感じがします。現場だけで絵を仕上げてしまうとのことですが、この本は、その場の空気が伝わる絵と、山への思いが伝わる文章が素敵な本です。

笹本 稜平 著『春を背負って』

 

 笹本氏の本に最初に出会ったのがこの本です。それまで知りませんでした。書店で手にとってみて、懐かしい奥秩父が舞台になっているようだったので、購入したのです。笹本氏の本は、いろいろなドラマが展開されますが、読後の清涼感があります。『春を背負って』は映画にもなり、それも観ました。映画では、舞台が奥秩父ではなく立山になっていましたが、木村監督ならではの山の映像の美しさがありました。この本以外にも、『未踏峰』や『還るべき場所』などが、山の本としてお薦めできるでしょう。『天空への回廊』はヒマラヤを舞台としているサスペンスで、少しあり得ない感じもしますが、楽しめます。『南極風』は警察小説も書いていた笹本氏らしく、最初こそニュージーランドの山が舞台として登場しますが、あとは検察官や弁護士とのやりとりが中心になる小説です。私には『春を背負って』に始まった笹本氏の世界です。

植村 直巳 著『青春を山に賭けて』

 

 大学を卒業してすぐに、ほとんどお金を持たずアメリカに渡り、さらにヨーロッパに渡って、アルプスの山々を登り、次々と5大陸の最高峰を登っていく時のことが書かれています。北極圏での冒険も含めて単独行が多く、1984年に冬のマッキンリーで消息を絶った時も単独でした。単独行を好む植村直巳さんの人柄は、ビーパル編集部が植村さんが消息を絶つ9ヶ月前に日本でインタビユーして文庫本で出した『植村直巳と山で一泊』を読むと伺えます。紹介の本では、植村さんの意気に感じて不法就労で強制送還することを思いとどまったアメリカの移民官やヨーロッパで支援をしてくれたフランスでのジャン・ビュアルネ氏などのことも書かれています。そこには、言葉が通じなくても、心が通じていくことが描かれており、勇気を持って飛び込んでいけば道が開けていくことを教えてくれます。