竜馬がゆく

司馬遼太郎 著  文春文庫 8巻

 

 坂本竜馬を主人公とした歴史小説です。この小説を原作として大河ドラマにもなっているので、司馬遼太郎の描いた坂本竜馬がそのまま今の坂本竜馬像になっていると思われます。

 この本の前に司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を読みましたが、全10巻のうち8巻までしか読めていません。

 『翔ぶが如く』は西郷隆盛と大久保利通が主人公となっている歴史小説です。私は西郷さんの西南戦争の頃のことをあまり知らないので、興味があって読み始めました。しかし、司馬遼太郎さんのこの小説は、登場人物が非常に多岐に渡っており、肝心の西郷さんがなかなか登場しないのです。最後まで読めば良いのでしょうが、少々飽きてきたところで、『竜馬がゆく』を読み出してしまいました。

 『竜馬がゆく』は読みやすいです。

 世の中で知られている幾つかのエピソードがエポック的に出てくるので、興味を持って読んでいけるのです。

 勝海舟の弟子になる話。いろは丸事件。薩長同盟。海援隊。船中八策。大政奉還などどれをとっても興味深い内容です。

 

 『竜馬がゆく』は歴史小説であってノンフィクションではないのでしょう。今日、事実かどうか疑われることもあります。司馬遼太郎の歴史観なのでしょう。しかし不確かなことも確信を持って描かねばリアル感のある小説にはならないと思います。

 司馬遼太郎は小説を描くために膨大な量の資料を集めるそうです。

 この『竜馬がゆく』を書くためには、ワゴン車一杯の古書約1400万円分を購入したとwikiの記事にありました。

 ごっそり神保町の古書店から関連本が無くなるので、同じ時期に同じテーマで戯曲の資料探しをしていた井上ひさしさんが困ったという逸話もあるそうです。

 

 私も実は、この『竜馬がゆく』の紹介を書くために、ワゴン車ではなくバイクで図書館へ行き、小さなリュック一杯の本を借りてきました。 

 『薩長同盟と大政奉還はぜんぶ竜馬一人がやったことさ』と勝海舟が語ったとされるのですが、それが勝海舟の本のどこに書かれているのだろうかと思ったのです。

 

 また小説には、坂本龍馬が勝海舟を斬りに行って逆に弟子になってしまう場面があります。そのことは、勝海舟の『氷川清話』に載っているとの記事がネットにありました。

 『氷川清話』は以前に読んで書棚にありましたから、もう一度読み直しました。しかし、私の持っている本にはそうした記事はありませんでした。

 『氷川清話』は文庫本になっている新編集本の前に元の本があるようです。

 勝海舟には日記もあるのですが、勝海舟の語ったことにも事の前後の勘違いがあったり、誇張があったりするようです。

 

 薩長同盟も竜馬ではなくイギリス人が仕組んだのだという本にも出会いました。司馬遼太郎の竜馬像が広まると、それに反論したくなる人も出てくるのでしょう。

 私は、薩長同盟はイギリスの思惑はあったとしても竜馬のような人間がいなければ、こじれた薩摩と長州の同盟が成立するとは思えません。坂本竜馬だからこそ西郷さんの心を動かして長州との同盟を成立させたのだと思います。

 

 『竜馬がゆく』を読まれる皆さんには、8巻の最後にあるあとがきを読むことをお勧めします。

 この小説は元々1962年から1966年までの4年間産経新聞に連載されたものです。その後単行本化されましたが、それが全5巻だったのです。そのため、文庫本最終巻の最後のあとがきは1〜5まであります。竜馬暗殺の場面の真相に絡んだ内容があとがき5に出てきます。

 

『坂本龍馬』黒鉄ヒロシ PHP文庫

 

『竜馬がゆく』全8巻を読むのが大変という方には、こちらの本をお勧めします。

 

 おそらく黒鉄ヒロシさんは司馬遼太郎さんの本を底本にしているのでしょう。

 

 黒鉄ヒロシさんの漫画は独特のギャクがあり、好みは分かれるところです。

 しかし、この本は、そうしたギャグが飛び出すものの比較的すんなりと読めます。

 黒鉄さんはこれを漫画でも劇画でもなく、歴画と名付けているようです。

 文化庁メディア芸術祭大賞受賞作でもあります。

 

ナイロンザイル事件に関する2冊の本


『前穂高岳東壁遭難63年目の検証』については、以前このコーナーにて紹介をしました。それを一旦削除して掲載を中止していました。

 それは、もう一冊の本の著者である相田武男さんが私の個展に来てくださり、その時に、ナイロンザイル事件について話して行かれたことから、私があまりにもこの事件について無知であったか知り、もう少し調べてから本の紹介をすることにしたためです。

 私は、相田さんが帰られてから、すぐに石岡繁雄さんと相田武男さんによって書かれた『石岡繁雄が語る氷壁・ナイロンザイル事件の真実』という本を注文して購入しました。

 湯浅氏の本にもナイロンザイルが岩角に弱いことが正式に認められて安全基準が設けられるまで20年もかかったことは書かれていましたが、湯浅氏の本の中心は、登攀そのものの検証や報告がきちんとされていなかったということの追求です。

  また「吊り上げ」という操作があり、それが滑落のきっかけとなったバランスを崩す原因になっているとの主張がなされています。

(これらについては、「石岡繁雄の志を伝える会」から私のところに送られてきたぶ厚い資料に吊り上げ操作は無かったということも含め湯浅氏の本に対する細かい反証・反論がされています)

 遭難が起こった時に、その経過や原因について検証を行い、総括した内容を報告するという手順はされるべきだと思います。そしてその正論を全面に出している湯浅氏の本は、この本だけを読んだ人はなるほどと思うことでしょう。

 しかし、私のようにナイロンザイル事件とはどのようなことが問題だったのか、よくわかっていない人間にとっては、湯浅氏の本だけを読むことはとても危険だと後から思いました。

 湯浅氏の本を読んだ人は必ず石岡氏の書かれた本も読んでほしいと私は思いました。

 

 ナイロンザイルが岩角に弱いということは、私も大学生の時には広く知られていましたから、ナイロンザイル事件というのは、その岩角に弱いザイルを使ってザイルが切れて遭難した事件だと思っていたのです。

 しかし、事件の本質はそのことではありませんでした。遭難が起きて早いうちから石岡繁雄さんはナイロンザイルには欠陥があるのではないかと主張していました。しかし、当時は石岡さんたちは自分たちの未熟さを棚に上げて遭難をナイロンザイルのせいにしていると世の中から批判を浴びたのです。さらに、メーカー側が岩角にこっそりと丸みをつけて公開実験を行うということが行われたのです。

 公開実験は不正がバレるのですが、それでも、言い逃れが通ってしまい、ザイルの安全基準が設けられるまで、20年もかかっているのです。その間に、ザイルの切断で遭難する事故が何件も起こっているのです。

 石岡さんの本を読むと、闘い続けてこられたことがよくわかります。それだけでなく、ご自分で実験装置の櫓を作ったり、ザイルにつける安全装置の開発や、安全なザイルの使い方の指導などもされているのです。

 

 ナイロンザイル事件の本質は、ナイロンザイルの弱点を認めなかっただけでなく不正な公開実験まで行ったメーカー側の責任、そしてそれを追求できなかった新聞などのマスコミの問題。いわゆる大企業や強い権力に弱い世の中の体質だったと思います。

 今の世の中にも当てはまる気がしてなりません。

 

 ナイロンザイル事件とは何だったかよくわからない世代が増えてきている中で出された湯浅氏の本は、ナイロンザイル事件の本質を書き換えてしまう役割を演じてしまいそうです。

 

 ですから、湯浅氏の『前穂高岳東壁遭難63年目の検証』を読まれた方は、まだ読んでいなければまずは石岡氏の本を読むことをお勧めします。

『山の本 秋号』


 『山の本』は白山書房の季刊誌です。秋号が9月中旬に発売されました。なかなか書店にはおいていないので、ネットで購入するのが早いです。

 この中には私が書いた「丸川荘に泊まる 中村好至恵さんの壁画を訪ねて」という紀行文が掲載されています。

 そちらも読んでいただければ幸いですが、オススメは長沢 洋さんが書かれた「山書探訪」のページです。今回は「すぐそこ」という小松左京さんの小説を紹介しています。

 小松左京さんの小説は短編なので、元々短いのですが、さらにそれを山の本の2ページに縮めて紹介してあります。小松左京さんの原文も読みましたが、長沢さんの文章は、原文の良さを失うことなく短く縮めて紹介してあります。

 ここでは「すぐそこ」の内容を紹介しません。ぜひ「山の本」を買って読んでいただくか、小松左京さんの本を読んでみてください。最初はありがちなことだと思いながら読み進み、ぞくっとする読後感があります。

 

 話は違いますが、明治から大正にかけての黎明期の登山家、木暮理太郎氏や田部重治氏が笹尾根を歩いて、さらに雲取山を目指した時の紀行文を読んだことがありますが、その足の達者なことに驚いたことがあります。その頃は青梅までしか鉄道がありませんでしたが、山を降りて半日も歩けば青梅に行けると事も無げに書いているのです。歩くことをなんとも思っていないのです。

 そうした人にとって、実際一山越えるぐらい「すぐそこ」の範囲になってしまうかもしれません。

 

 私達でも昔の記憶だけで山を歩くととんでもないことになることがあります。「あれっ こんなに遠かったっけ?」「こんな急坂があっただろうか」と昔苦労したことはすっかり忘れてしまっていることがあるのです。

 こうしたことを題材のヒントにつかんで小説を書いた小松左京さんはさすがだと思いました。

 小松左京さんの原文でも「山の本」でもどちらでも良いですから読んで見てください。

できれば「山の本」を買って、ついでに私の紀行文も読んでいただけると嬉しいです。

『極夜行前』

        著者 角幡唯介   2019年2月15日  文藝春秋社

 探検家の角幡唯介さんが太陽が全く姿を見せない冬の北極圏を橇を引っ張りながら旅をしたドキュメントがこの本の前に出された『極夜行』です。

 この本は、その前の準備期間の話です。大きく3つの章に分かれています。

 1つは六分儀を使った天体測量のことです。

角幡さんはGPSを使わずにコンパスや六分儀で自分の現在位置を確認して旅を続けようとしました。全く六分儀についての理解がないところから始めています。その経過が興味深い内容になっています。ただし、本番でどうなったかはすでに『極夜行』を読まれている方はご存知のことと思います。

 2つ目は、犬のことです。角幡さんは犬ぞりではなく、1匹の犬を連れて行きました。白熊対策です。ウヤミリックと名付けました。

 まだ若い犬です。角幡さんと犬との関係や犬が成長して行く様子が面白いです。

 3つ目はカヤックでのデポの旅です。徒歩でもデポをしていますが、カヤックでも運んだのです。

カヤックで旅をしている山口将大さんという青年がパートナーとして参加します。カヤックでのデポの旅については、『極夜行』にも載っており海象(セイウチ)の恐ろしさも書かれています。しかし、こちらの本の方がよりリアルに表現されています。

 『極夜行』は2018年の2月に出版された本なので、すでに読まれているかと思います。

 『極夜行』についてはこのコーナーでもすでに紹介してあります。

 もし、まだでしたら、こちらの『前極夜行』を先に読まれることをお勧めします。

 

 『極夜行前』と『極夜行』を合わせた2冊は、角幡さんの本の中で、『空白の5マイル』とベストを競う本だと私は思います。

 

シャクルトンに関する本

 南極探検についてアムンセンやスコットの名前は知っていても、シャクルトンを知っている人は少ないかもしれません。

 南極探検には失敗したわけですし、イギリスへ生還した時は第一次大戦の真っ最中ということもあり、忘れ去られたようになっていたのです。

 シャクルトンが注目されるようになったのは近年になってからです。ブームのようになりたくさん本が出版されました。

 シャクルトンは使った船・エンデュアランス号が氷に閉じ込められてから全員が生還できるまで常に先頭に立ち困難を乗り越えたのです。そのリーダーシップが注目されるようになったのです。

 スコット隊の隊員の一人、チェリー・ガラードがその著書『世界最悪の旅』の序文でこう書いています。

 「科学上の地理学上の組織についてならばスコットに、何ものをもすてて極地に突進するならばアムンセンに、また地獄の穴に堕ちて助けを求めるならばいつとはいわずシャクルトンに私は頼るであろう」

 シャクルトンについてのたくさんの本の中から私は6冊読みました。

 その中から紹介します。

『エンデュアランス号』キャロライン・アレクサンダー著 畔上 司訳ソニー・マガジンズ

 

 どれか一冊だけ選ぶとすれば、この本を私は選びます。この本は探検の全容が網羅されており、探検隊のメンバーであるハーレーが撮った写真も豊富だからです。

 

 フランク・ハーレーはプロ意識の強いカメラマンです。たくさんの写真と動画を撮ったようですが、遭難のため、多くを捨てなければなりませんでした。厳選して持ち運んだものだけとのことですが、素晴らしい写真です。

 動画はYouTubeで観ることができます。

 

この本はよく取材して書かれているようです。乗組員が残した手紙や文書があるので、人間関係の色々なドラマもそこから伺えるのでしょう。

 

 


 著者はシャクルトン本人ですが、中公文庫のものは抄訳です。この文庫本の元になっているのが、『現代の冒険5 白い大陸にかける人々』でしたが、それも抄訳です。私は最初にそれを読みました。

 シャクルトンの『South』の完訳本が出たのは1999年です。待望の完訳本ですが、残念ながら写真が無く、図もわずかです。ただ、シャクルトン本人の言葉ですから、読む価値があります。

 他の本と合わせて読むのが良いです。本人の人柄なのでしょうが、この本は淡々と書かれています。

 エレファント島へ残った仲間を救出するために奔走することとか、シャクルトンたちが大陸へ上陸し大陸横断を成功させるために、反対側からサポートに向かったロス海先遣隊の人たちの救出については完訳本で読むことができます。抄訳本では省かれているのです。

 

『そして奇跡は起こった!』ジェニファー・アームストロング著 灰島かり訳

 

 ヤングアダルト向けの本です。写真も豊富で読みやすく、感動を呼ぶ書き方なので最初に読む本としておすすめです。実際アメリカではかなり売れた本なのだそうです。

 しかし、省かれている部分もだいぶあります。

 ですから、この本を読んで、シャクルトンに興味を持ったらぜひ他の本も読むことをお勧めします。

 シャクルトンによる生還への道のりを大きく5つの部分に分けると次のようになります。

1.エンデュアランス号が氷に閉じ込められ氷ごと移動

2.氷を離れ、ボートでエレファント島へ移動

3.エレファント島からサウスジョージア島へ5人がボートで助けを求めに行く

4.エレファント島の仲間を救出

5.ロス海先遣隊の救出

3のエレファント島からサウスジョージア島へは1300㎞以上あり、日本列島の本州の長さぐらいです。この距離を小さなヨットのようなボートで助けを求めに行くのです。それが出来たのはシャクルトンの強い意志だけでなく、ワースリー船長の航海術の賜物です。さらに、サウスジョージア島に着いても人が住む捕鯨基地までは未踏の雪山を越えて行かなければならないのですが、この辺りのことは本を読んでいて引き込まれて行きます。

『シャクルトンに消された男たち』ケリー・テイラー=ルイス著 奥田祐士訳

 

原題は『The Lost Men』です。シャクルトンに消されたという邦題は私はどうかなと思います。というのは、シャクルトンの『South』にもロス海先遣隊のことについては章を作って書いてありますし、実際にエンデュアランス号の全員が生還した後も救出に向かっているのです。

エンデュアランス号の乗組員が全員生還したのに対し、ロス海先遣隊は3名亡くなっています。エンデュアランス号の方は上陸もできなかったのですが、ロス海先遣隊は、横断コース上に補給所を作る任務を行ったのです。それにも関わらず、世の中はエンデュアランス号の方ばかり注目したわけです。シャクルトンに消されたというよりも世間から忘れ去られたというべきでしょう。

 ロス海先遣隊の人選に問題があったとすればそれはシャクルトンの責任になるのでしょう。シャクルトンがその場にいれば、解決してしまうのではないかと思う人間関係の問題がロス海先遣隊には起きるのです。シャクルトンの『South』にもキャロラインの『エンデュアランス号』にもロス海先遣隊のことは書かれていますが、この本ほどには書かれていませんから、シャクルトンの探検の全容を知る上では興味深い本です。

『アラスカ極北飛行』

著者 湯口 公(ゆぐち いさお)  2008年須田製版 1600円+税

 1971年生まれとありますから、今年48歳でしょうか。大学時代アウトドアの魅力を知り、1年休学してアルバイトでお金をためアメリカで軽飛行機の免許も取ります。その後航空自衛隊に入り、厳しい訓練を経てF15戦闘機のパイロットとなります。

 国際合同演習でアラスカの空を戦闘機で飛んだときに、模擬空戦の最中で見たアラスカの景色に魅了されてしまいます。

 帰国してから反対を押し切って航空自衛隊を辞めアラスカへと向かいます。

 この本は、そのアラスカで過ごした時のことを美しい写真とともに紹介しています。

 ハスキーというブッシュプレーンを操縦しながら自分で撮影したというアラスカの景色がとても美しいです。

 この本は、フライトシミュレーターのBBS掲示板を通じて知りました。ブッシュプレーンは、太いタイヤを履いた軽飛行機です。アラスカでは、そうした飛行機を使って舗装された飛行場ではなく、自然の中の離着陸できそうなところを使ってキャンプする人たちもいるのです。バイク感覚で飛行機を飛ばす感じです。しかし、管制が誘導してくれるわけではなく、自分で地形を見て方角を確かめ、天候も判断して飛ばないといけないのです。

 アラスカでの友人が「自由とは選択肢があることではなく、恐れないこと」だと言っている箇所が本文中にあります。自分の中の不安を振り切れるだけの意欲がないと自由は獲得できないのでしょう。

 現在、湯口さんは、北海道ニセコで薪ストーブ販売やアウトドアに関する仕事をしているようです。ネットで検索するとホームページもあるようですが、新しい情報はFacebookのもののようです。

 F15戦闘機のパイロットを定年まで勤めて、その後旅客機のパイロットになって高給を得ることもできたのでしょうが、それを振り切って今の生活をされているわけです。

 それほど魅了されたアラスカの自然は、本を読んでいて実際に見てみたくなりました。

『活版印刷 三日月堂』

 著者 ほしおさなえ  ポプラ文庫   2017年12月5日

 電車に乗ると周りはほとんどスマホを開いている光景を目にしますが、私は本を読むことにしています。

 電車で出かける機会がありましたが、ちょうど私の持っている文庫本は読み終わったものばかりだでした。そこで妻に何か面白い本はないか聞いたところ手渡してくれたのがこの本です。

 川越で祖父がやっていた古い印刷所を孫娘が引き継いでやって行く話です。

 昨年夏に出版された4冊目で完結しています。

 1冊に4話ほどのエピソードですが、それぞれに新たな主人公がいます。しかし、どこかで三日月堂に繋がっている人たちが、リレーのように話をバトンタッチしていきます。

 読んで行くと、三日月堂に関わりのある人たちについていちいち説明されなくても自然と頭の中に繋がりができてくるから不思議です。話は、最後に三日月堂の主人弓子さんに戻ってきます。読み終わると、三日月堂を取り巻く人たちがたくさんいて、その中で、弓子さんと三日月堂の未来に向けての明るい可能性が見えてきて豊かな心持ちになれます。

 昔、妻は大学で活版印刷を学んだことがあります。私も一緒に「テキン」と呼ばれる手動活版印刷機を見たことがありました。

 三日月堂には使っていない平台と呼ばれる大型印刷機も残されていたのですが、主人公は「テキン」を使って仕事を始めるところがこの話をとっつきやすくしているように思います。

 活版印刷については、ワークショップが開かれることが最近の巷ではあって、そこで使われるのがたいてい「テキン」ですから、読者の中には見たことがある人もいると思います。

 そう言えば、つい最近、近所に若い夫婦が古書店と手作りの本の店を作りました。とてもよい店だと思いましたが、やっていけるのかなと少し心配にもなりました。

 よい本とは関係なしに、売れる本、話題のある本だけが出版される傾向にあるようですが、バリエーションのある豊かな本の世の中であって欲しいと願っています。

『スエズ運河を消せ』トリックで戦った男たち

デヴィッド・フィッシャー 著

   金原瑞人・杉田七重 訳  

         2011年 柏書房

 

 図書館へ行った時、題名を見て何だろうと、思わず棚から手にとった本です。

 表紙を開くと、ハリボテの偽物の戦車の写真などが何枚かあり、本当にあったことなのだと興味を持ちました。

 スエズ運河を消す場面の写真などはありません。ですから、表題にあるスエズ運河を消すなどということはどのようにやったのだろうとますます興味を持ちました。そこで借りてきて一気に読んだのです。

 内容は、第二次大戦中、アフリカ戦線でロンメルの戦車部隊に散々苦しめられたイギリス軍が苦肉の策で採用したジャスパー・マスケリンというマジシャンのアイデアを実際に戦場で使った話です。スエズ運河をどのようにして消して見せたかは、ここでは書きません。

 一つ紹介するとしたら、アレクサンドリア港を移動させた話でしょう。アレクサンドリア港をドイツ軍の爆撃から守るために、近くの良く似た地形の港をアレクサンドリア港に見立てた作戦です。ドイツ軍は夜間に爆撃を行い、朝、偵察機を飛ばして確認に来るのです。隣の港に、夜間はアレクサンドリア港とそっくりに照明などを配置して誤爆させ、朝にはアレクサンドリア港に偽物の爆撃跡をたくさん作ったのです。

 こうした作戦に、ジャスパーは画家や大工や大学教授や軍隊の組織に詳しい軍曹などでチームを作ったのですが、それはマジックギャングと呼ばれるようになったそうです。

 

 ジャスパーに最初から軍がトリックを応用した作戦を依頼してきたわけではありません。むしろ、軍は戦争にトリックを使うなどということは馬鹿らしいと考えていたようです。ジャスパーの方から何とか自分の持てる力を戦いに活かせるのではないかと働きかけたようです。そのために、ありもしない戦艦を軍隊のお偉方の眼前に出現させて見せたりしたそうです。

 戦後、ジャスパーが思っていたほどは功績を評価してもらえなかったようだという記事がネットに出ていました。

 その後マジシャンとしての興行もあまり成功せず、晩年はアフリカのケニアで過ごしたようです。

 

 一気に読んでしまったくらい、私にとって本の内容は興味深いものでした。

 映画化したら面白いだろうと思ったら、この本の最後の訳者あとがきで、トムクルーズが映画化権を取得したと書いてありました。この本は2011年出版ですが、そのあとトムクルーズがこの映画を作ったという話は聞いたことがありません。

 ネットで調べたら、ベネディクト・カンバーバッチ主演で映画化するという記事が2015年のニュースに出ていました。カンバーバッチなら適役です。しかし、2019年現在、映画化の話はどこへやらです。映画化にはかなりお金がかかりそうな内容です。『アラビアのロレンス』のように砂漠での撮影が多くなりそうです。

 もし映画化されたら観に行きたいものだと思っています。

 

 本としてはまずオススメです。