「人を襲うクマ」を読む

    羽根田 治 著   山と渓谷社  2017年10月 1600円+税

 この本の帯には、「日高・カムイエクウチカシ山で起きた悲惨なヒグマ事故を教訓にして、最近、増え続けるクマの事故を検証し、未然に防ぐ方策に迫る」とあります。

 ヒグマは北海道にしかいないので、北海道の山に行かない私にはあまり関係ないかなとも思ったのですが、どうもツキノワグマのことも書いてあるようなので、購入したのです。

 以前、高桑信一さんの本を読んだ時に、ツキノワグマが襲ってきて、体をかわして、クマの横腹を蹴飛ばし難を逃れた話がありました。また、山野井泰史さんの「アルピニズムと死」にも想定外の出来事として、ツキノワグマが襲ってきて大怪我をしたことが書いてありました。

 そう言えば、秋田で山菜採りの人が立て続けにクマに襲われて亡くなった事件もありました。

 本を読むと、よく山登りに行った川苔山の山頂付近でも襲われていることにはショックでした。

 北アルプス乗鞍岳の畳平駐車場でのツキノワグマによる被害は、ヒグマよりもおとなしいとされているツキノワグマのその行動には驚きです。

 羽根田さんは、丁寧に取材をされているようで、事故当時の様子がかなりリアルに書かれています。

 子連れのクマに遭遇しないようにすることや、出会い頭の遭遇を避けることが大事なようです。よく言われる対策に遭遇したら「クマに後ろを見せず、静かに後ずさりすること」とありますが、この本に書かれている事例は、どれもそんな余裕はないのです。見かけたと思った次の瞬間には突進してきたクマに押し倒されているのです。

 鈴を鳴らして歩くことも、逆に子グマを引きつけてしまうこともあるとあります。ただ親熊には有効なので物音を立ててこちらの存在をクマに知らせることは大事でしょう。

 唐辛子のクマ除けスプレーは有効なようですが、早打ちガンマンのようにとっさに取り出せるでしょうか。それに、間違って人のいるところで噴霧してしまったら、先日の京都南禅寺での異臭騒ぎのような原因になってしまうでしょう。

 一番良いと思われるのは複数の人数で登山をすることだと思います。

 しかし、絵を描くために単独で登ることの多い私には、クマにこちらの存在を知らせるために物音を立てるようにした上で、出会わないように祈るしかありません。

「ぼくの複葉機」を読む

著者 リチャード・バック   翻訳 小鷹信光    1974年 早川書房

 リチャード・バックという名を聞いてすぐわかる人はそういないと思います。しかし「カモメのジョナサン」という本の名前を聞いたことのある人は多いでしょう。

 彼はその著者であり、なんと楽聖バッハの末裔にあたる人なのです。

今回、この本を紹介するにあたり、もう一度「カモメのジョナサン」を手にとって読んでみました。ちょっと説教臭い寓話です。世界的なヒットをしたのは、その時代とのタイミングなのでしょう。日本では五木寛之さんが翻訳をしていますが、あとがきで、原文にない表現を加えたりした創作翻訳であると書いています。

「ぼくの複葉機」は前号で取り上げた翻訳家の小鷹信光さんが翻訳をしています。小鷹さんがあとがきで「本書の最大の魅力は、空を飛ぶことについての純粋なまでに稚けない(いわけない=幼い)ひたむきな思い入れということにつきます」と書いていますが、その通りだと思います。

 飛行機で空を飛ぶということが好きでたまらないバックがより空を飛ぶことを実感できる複葉機でアメリカ大陸を横断する話なのです。

 彼は、それまで持っていたフェアチャイルド24という現代の飛行機と交換で1929年製のパークスP-2Aという複葉機を手に入れます。手に入れた飛行機に乗って、アメリカ東海岸から自宅のあるロサンジェルスの飛行場まで1週間かけて旅をするのです。

 アメリカでは、ちょっとした町には飛行場があるので、そうしたことも可能なのでしょう。また、軽い複葉機は、障害物の無い草地なら離着陸できるのです。

 無線も積んでいない飛行機なので、眼下の道路や鉄道が目印です。道路の上を自動車に乗っているような感じで超低空で飛んでいく場面もあります。

 飛行機は、風を意識して飛ぶものです。向かい風に向かって離陸し、向かい風に向かって着陸するのが基本です。横風は飛行機にとって大敵なのです。私は趣味でフライトシミュレーター をやるので、その加減については少しわかります。

 現代の飛行機は技術の進歩もあり、少しぐらいの横風なら着陸できます。しかし、1929年製の複葉機ではそうはいきません。バックは、それを2日目に思い知ることになります。

 風と言えば、ロサンジェルス到着直前の山越えで、強い向かい風のために進めない場面が出てきます。時速80マイルの飛行機が、85マイルの向かい風に出会います。眼下の道路の白線が前へ動いて行き、自分が後退していることに愕然とするのです。これなら垂直着陸もできるなどとうそぶいていますが、実際には墜落の危機にもなりかねない状況なのです。反転してその場を逃れますが、風がやむまで1日待ってなどということをバックはしません。切り抜けられるところを目指して、また山へ立ち向かいます。この辺りは、のちに書かれた「カモメ・・」につながるのかもしれません。

 剥き出しの操縦席で風を感じ、エンジンの音を呼吸のように聞き、空を飛ぶ中でバックが思ったこと、感じたことが本の内容のほとんどです。それに飛行機が壊れた時、駆けつけて夜中までかかって修理をしてくれたジョージ・カー退役大佐など、飛行機を愛する登場人物がこの本に味を添えています。

 中古でしか手に入らない本ですが、私はネットで見つけて手に入れました。「カモメ・・」よりもずっと良い本だと思います。

翻訳関係の本を読む

 山の先輩と山歩きをしていたときに、「日本語の勉強には、翻訳者の書いた本を読むと良いですよ」と言われました。

 山から降りてすぐに図書館へ行き、そうした本をさがして借りました。翻訳関係の本は意外と多いのに驚きました。翻訳の養成学校もあるようですから、実際に翻訳家を目指す人もいるのでしょう。私にはそうした目的はなく、単に日本語の勉強に良いということを確かめたくて読んでみたのです。

 図書館で借りた本や、ネットで手に入れた本よりも、山の先輩があとで貸してくださった次の2冊がオススメです。ネットで中古本が手に入るようです。

「翻訳者の仕事部屋」深町眞理子

    飛鳥新社 1700円プラス税

 

 本の帯にもあるように、日本で親しまれている本の翻訳者です。

 前半は、それらの本を翻訳した時のことなどを書いたエッセイです。

 後半に「フカマチ式翻訳実践講座」という形で翻訳例が載せてあり、翻訳の工夫の実際を知ることができます。

「翻訳という仕事」 小鷹信光

   ジャパンタイムズ 1500円

 この本は、翻訳家になろうとしている人には必読の本と言えそうです。それは、翻訳の仕事の世界がかなり詳しく書かれているからです。いきなり翻訳家になれるわけではないので、下訳などの下積み時代のこと、印税のしくみなど翻訳家を目指すなら知っておきたいことが書かれています。

 またこの本では翻訳の仕事に対する小鷹さんの信念をしっかりと感じます。日本語と英語の違いは大きいのですが、原作者の文章を、意味だけでなく、持ち味、文体といったところまで適切な日本語に翻訳しようとしています。「勝手に改行を加えない」と言っていることからもそれは伺えます。助詞一つとっても日本語の表現をいかにするかが重要なのです。これは翻訳のことだけでなく日本語の勉強になりました。

 超訳と言って、著名な作家が翻訳を担当し、原作にないような表現を加えてしまっている例に対しては、小鷹さんは手厳しい批判をこの本の中で展開しています。

『冬のデナリ』を読む

著者 西前四郎  福音館日曜日文庫  1751円

 デナリは、アラスカのマッキンリー山の現地語による山名です。アメリカはそれを2015年より正式な山名とした。とウィキにありました。

 北緯63度4分10秒という場所のため、冬至では太陽が地平線から顔を出すのは4時間45分だそうです。

 おまけに冬はブリザードと呼ばれる突風が吹きます。その中を登頂し奇跡の生還をした3人のうちの一人、アーサー・デイビットソンは『零下148度ーマッキンリー峰冬期登頂』という本を出しています。零下148度は、ブリザードと気温の合わさった体感温度はそのようになるとアーサーが算出した数値です。

 ヒッピー青年だったアーサーと西前さんが出会ってデナリの冬期登山の話を持ち出したことがことの発端になります。最初は、冬期にデナリを目指すなんて普通は考えられないことだったのです。日照時間が7時間ほどになる2月にグレッグを隊長とした8人で挑戦しました。

 アーサー、デイブ、ジュネの3人が2月27日に登頂を果たしますが、もう日没を過ぎていました。下山中にビバークしましたが、天候がさらに悪化し雪洞を掘って避難します。そして何日にもわたって雪洞に閉じ込められます。西前さんら他の隊員は、3人が遭難死したものと考えました。

 本では、西前さんは自分のことを最初は児島次郎、次にジローとして登場させます。その方が自分を他の人物と並列に描くことができたのでしょう。

 最後の章では西前四郎として登場します。それは仲間たちのその後や、何年も経ての再開を描いた章であり、西前さん自身の思いが強く出ています。この章があるからこそ、私はこの本を味わい深い良い本だと推薦するのです。

 奇跡の生還をした3人以上に、西前さんをはじめ他の仲間はいろいろな思いを引きずっていました。それがお互い再開し、思いを共感することで昇華されていくようでした。

 本の最後に、西前さんが、仲間の一人ジョージに聞きます。「ジョージ、我々の『冬のデナリ』ってなんだったんだ。君にとって」それに対してジョージは「イット ウォズ ア ファン(面白かったじゃないか)」と応えています。

 

 面白いと思う本はいくつもありますが、感動を覚え、繰り返し読んだ本は久々でした。ぜひ読まれたら良いと思います。

 この本はアーサー・デイビットソンの「零下148度ーマッキンリー冬期登頂」が載っている翻訳本です。

 扶桑社セレクトから出ています。

『冬のデナリ』ではアーサーと西前さんは書いていますが。これではアート・デイビットソンとなっています。Arthurをアートと呼ぶのかはわかりません。

 内容は、冬のデナリに出てくるものと同じです。西前さんは、登頂後の危機的状況の中に一緒にいませんから、アーサーの本をもとにしたのでしょう。しかし、小説を描く才の違いなのでしょうか、なぜか西前さんの方がリアルな描写に感じます。

 逆に、アーサーの本にしか出てこない内容もありますから、興味を持たれた方は読んでみると良いでしょう。